分譲マンション建て替え後の立ち退き問題:反対者への売渡請求を成功させる方法とは

2026年4月に区分所有法改正が予定されており、そのなかで建て替え決議の要件緩和に注目が集まっています。
「建て替え決議の要件が緩和されるなら、建て替え不参加者(反対者)の問題も小さくなるのでは?」
そう感じる方は多いかもしれません。
しかし実際には、建て替え決議が成立したあとに残る少数の不参加者(反対者)への権利整理こそが、建て替え事業全体の進行を左右する最大の課題になります。
特に「売渡請求」は手続きの期限が短く、さらに決議日から1年以内という外枠の期限あるため、決議後に準備を始めると間に合わないリスクがあります。
本コラムでは、建て替え決議後に必要となる「売渡請求」の基本と、工程を止めないためのポイントをご紹介します。
INDEX
法改正後も反対者の立ち退きが最大の難関である理由

今回は建て替えに参加しない区分所有者(反対者)の立ち退き対応(※)について解説します。
2026年4月の区分所有法改正では、耐震不足など一定の緩和事由がある場合には建て替え決議の要件が緩和され、合意形成の「入口」は進めやすくなりました。
とはいえ、建て替え決議が成立しただけでは建物の工事に着手できません。
建て替えに参加しない区分所有者がいた場合、その権利を時価で買い取る「売渡請求」など、建物から立ち退いてもらうための対応はこれまでと変わりません。
反対者の背景には住み慣れたマンションへの愛着などの感情だけではなく、費用負担や相続、転居先の確保、賃借人への影響などさまざまな事情があります。
そのため、事前対処のしようがないのです。
※区分所有者の場合、法的な観点からマンション建て替えにおける実務上「明け渡し」と呼称することが多いですが、混乱を避けるために今回は「立ち退き」と表記を統一しています。違いの詳細については後述。
区分所有者ごとに異なる「生活再建」の課題をどう解決するか
立ち退きにおける最大の課題は、高齢者の転居先確保やローンの精算など、世帯ごとに全く異なる事情が考慮されにくい点にあります。
全体向けの計画だけでは「自分の生活がどうなるか」という不安は解消されず、結果として反対意見や合意形成の停滞を招きかねません。
こうした不安や悩みをお持ちの管理組合員のみなさまへ向けて、三菱地所コミュニティでは「マンション再生の相談窓口」をご提供しています。
管理組合の運営支援を行ってきた実績を基に、全区分所有者を対象とした個別面談を実施しています。
各戸の状況に寄り添い、合意形成まで一貫して伴走いたします。
「個別の生活不安が障壁となり、マンション再生の話し合いが進まない」という懸念がある場合は、管理会社の知見を生かした合意形成の支援内容を一度ご確認ください。
現行法と改正法の決議要件と反対者対応の比較

区分所有法改正の大きなポイントは、建て替え決議を通しやすくするために「入口」を緩和したことにあります。
以下の表では、入口の緩和と出口の据え置きという構図を踏まえ、決議要件と反対者対応が改正前と改正後でどのように変わったのかを整理しています。
| 項目 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 建て替え決議の賛成要件(入口の緩和) | 原則、区分所有者数及び議決権数の各5分の4以上の賛成が必要 (区分所有法62条) | 耐震性不足など一定要件を満たせば「4分の3」に緩和 |
| 所在等不明区分所有者の扱い | 分母に含まれる | 裁判所認定により分母から除外できる新制度が導入され、合意形成の実効性が向上 |
| 反対者への対応 | 売渡請求により、反対者の区分所有権・敷地利用権を参加者側へ集約。制度は形成権で、通知到達時に売買成立 | 売渡請求の枠組みは継続入口のハードル緩和・分母除外により、対象者の圧縮と建て替えの事業工程の前倒しが期待できる |
| 売渡請求の手順(期限管理) | 1. 決議後、賛成しなかった区分所有者へ催告(回答期限2カ月) 2. 未回答は不参加みなし 3. 回答期限満了日から2カ月以内に売渡請求を行使 ※建て替え組合による売渡請求は、建て替え決議等の日から1年以内に実施しなければならない | 継続 |
| 明け渡しの猶予(反対者が転出困難な場合) | 反対者の生活上の著しい困難等があれば、代金支払(提供)日から1年を超えない範囲で裁判所が明け渡し期限の猶予を許与可能 | 継続 |
決議要件の緩和で建て替え決議は通しやすくなりますが、反対者の権利整理についての変更はありません。
建て替えに反対する区分所有者に、いわゆる「立ち退き」をしてもらう際に必要なのが「売渡請求」です。
建て替えの売渡請求とは?知っておきたい強制力について

売渡請求とは、建て替え決議に参加しない区分所有者(建て替え反対者)に対して、賛成者側(または買受指定者)が区分所有権・敷地利用権の時価(請求時点の客観的な市場価格)で売り渡すよう求める制度です。
これは区分所有法に定められた「形成権」であり、相手の同意がなくても、通知が届いた時点で売買が成立します。
売渡請求ではそれに応じた金銭が支払われます。
賃貸マンションで立ち退きが生じた場合立ち退き料が発生しますが、分譲マンションの立ち退きで発生するのは「立ち退き料」ではなく、この売渡請求による「転出補償金」です。
売渡請求は建て替え事業の“出口”にあたる重要な手続きですが、催告や行使、外枠期限などが絡み合い、複雑に見えやすい部分でもあります。
立ち退き料と転出補償金の違いについて
賃借において発生する「立ち退き料」は、急な転居によって生じる引っ越し費用や生活上の不利益を補うためのもので、貸主から借主へ支払われる補償金的な扱いです。
一方、分譲マンションでは一般的に上記のような補償金(立ち退き料)は支払われません。
建て替えに参加せず転出を選択した区分所有者に対して支払われるのは「転出補償金」です。
転出補償金は、生活への影響や負担を補うためのものではありません。
あくまで、転出補償金は区分所有権および敷地利用権を手放すことに対する「対価」として支払われるものなのです。
| 対象者 | 法的な支払い義務 | 意義 | |
|---|---|---|---|
| 立ち退き料 | 専有部分の借主(賃借人) | なし | 不利益を補うためのもの |
| 転出補償金 | 専有部分の所有者 | あり | 手放す権利などに対する対価 |
「立ち退き」と「明け渡し」について
本コラムでは分かりやすさを優先して「立ち退き」という言葉を使ってきましたが、法的には、占有を解いて部屋を空けることを一律して「明け渡し」と呼びます。
ただし、マンション建て替えの実務現場では、以下のように使い分けるのが一般的です。
- 区分所有者(オーナー): 権利を売却して引き渡すため、主に「明け渡し」と言う。権利の整理が主目的
- 賃借人(借主): 賃貸借契約を終了して退去するため、主に「立ち退き」と言う。契約の終了が主目的
使い分ける理由についてですが、区分所有者の明け渡しは賃借人のような「立ち退き料(補償金)」が生じるやりとりではなく、所有権を手放すことへの「対価」を支払う手続きであるためです。
売渡請求の期間制限について
全体像をつかむために、建て替え決議が成立したあとの流れを踏まえ、どのタイミングで売渡請求が行われるのか、図を交えて解説します。

1. 建て替え組合設立前
建て替え決議後は賛成者側が、賛成しなかった区分所有者に「建て替えに参加するかどうか」を確認する通知(催告)を送ります。
その非賛成者は2カ月以内に回答する必要があり、回答がない場合は不参加(建て替えへの反対)とみなされます。
催告の回答期限が過ぎた翌日から2カ月以内に、賛成者側は売渡請求を行わなければなりません(=通知を相手まで到達)。
2. 建て替え組合設立後
上記とは別に、区分所有法では「建て替え決議の日から1年以内に売渡請求を行うこと」が求められています。
つまり、催告や行使の準備を進めていても1年以内に売渡請求を行使(通知到達)できなければ、その請求は無効となるのです。
この外枠1年があるため、建て替え決議後に準備を始めると間に合わない可能性があります。
早めの対応を心がけましょう。
3. 立ち退きの猶予(裁判所の期限許与)
立ち退きによって反対者の生活に著しい影響がある場合、裁判所が代金支払日から最長1年の猶予を認めることがあります(区分所有法63条6項)。
建て替え事業の工程表でも最大1年の猶予を踏まえておきましょう。
売渡請求が遅れると権利変換計画の策定や解体着手、着工などの次工程に遅延が生じます。
マンション建て替えの工程は非常に過密で余裕がないため、決議前から逆算して入念な準備を進めておくことが不可欠なのです。
売渡請求を迅速に完了させる2つの専門戦略

売渡請求を円滑に進めるポイントは、主に次の2点です。
- 時価(評価額)の納得感を高めること
- スケジュールを厳密に管理すること
評価額の根拠が十分に共有されないと不信感が生まれ、話し合いが長期化しやすくなります。
一方で、催告2カ月・行使2カ月・決議日から1年以内という複数の期限が同時に動くため、いずれかの管理が甘いと、手続き自体が期限内に間に合わないリスクがあります。
この2点を確実に押さえることが、売渡請求を滞りなく完了させるためのポイントです。
納得感を高める適正な価格と補償額の公平な決め方

売渡請求の場面でもっとも重要なのは、提示額(時価)に納得できるかどうかです。
反対者との話し合いが長期化しやすい原因の多くは、金額そのものよりも「なぜその金額なのか」 という根拠への不安や疑念にあります。
この納得感を支える土台が、不動産鑑定士による中立的な評価です。
鑑定評価は評価基準・専門的手法・市場データに基づく客観性を備えており、管理組合の裁量で一方的に決めた金額ではないことを示せます。
ここでいう時価とは、売渡請求時点の客観的な市場価格を指します。
ただし、評価が適正であっても、背景や判断プロセスが伝わらなければ時価に対する不満は残ります。
だからこそ、不動産鑑定士などの専門家による客観的な第三者評価を活用するとともに、その内容とプロセスを丁寧に説明することが重要です。
こうした透明性の確保により、一方的ではないという安心感が生まれ、金額への納得感が高まりやすくなります。
遅延を防ぐための手続きと“もしも”の備えの同時進行

売渡請求は、催告2カ月と行使2カ月という短い期間で進みます。
同時に、建て替え決議日から1年以内に売渡請求を行使するという外枠期限も動きます。
そのため、決議後に場当たり的に動いてしまうと、どこかの工程で遅れが生じ、最終的に期限に間に合わないリスクがあります。
だからこそ、決議直後の段階で「何を・いつまでに・誰が」進めるのかを明確に決めておくことが極めて重要です。
スケジュールを先に設計し、必要な作業・担当者・期限を可視化することで、予定どおりに工程を進めることができるでしょう。
主なスケジュール感は下記のイメージです。
- 建て替え決議の成立後(即日〜1週)に名簿・登記情報などを一斉点検
- 2週間以内に催告・送達の準備を完了
- 2カ月以内に回答状況と証拠化を整理
想定外に備えた「ゆとり」の織り込みがポイント
売渡請求は、書類の未達、相続発生、所在不明者の確認など、想定外の事象が起きやすい手続きです。
そのためスケジュールを作る際には、次のような事態に対応できる程度のゆとり期間も調整しておく必要があります。
- 送達が不達だった場合の再送期間(再送・公示送達等の検討期間を含む)
- 相続が発生した場合の調査期間(相続人確定・代表者指定等)
- 明け渡し猶予の可能性(裁判所が代金支払日から最長1年の猶予を許可する場合あり)
建て替えの工程を止めないためには、決議直後の初動と想定外への備えをあらかじめ織り込んだスケジュール設計が欠かせません。
こうした準備が整っていれば、売渡請求を確実に期限内で進めるための強い土台ができるはずです。
賃借人・テナントの円満な立ち退きに向けた丁寧な話し合い

賃貸住戸や店舗があるマンションでは、賃借人との立ち退き調整が最後まで残りやすく、建て替え全体の遅れにつながりやすい傾向があります。
賃借人対応の一次窓口は、原則として各区分所有者です。
だからこそ、早い段階から丁寧にコミュニケーションを重ね、準備を進めておくことが大切です。
早期の情報共有
賃借人やテナントとの立ち退き交渉には時間がかかります。
管理組合で建て替えの検討が進み、将来的に立ち退きが必要になる可能性が見えた段階で、検討状況・決議の見込み時期・想定スケジュールを早めに共有しましょう。
契約更新期に合わせた定期借家への切り替えなど、事前の契約準備も有効です。
必要に応じて、建て替えのコンサルタントなどの専門家、弁護士に相談しましょう。
説明文書の統一
情報の行き違いはトラブルのもとです。
案内文やQ&A、議事録、通知文など表現を統一し、補償・原状回復・退去期限は必ず文書で明確化しましょう。
口頭合意に頼らないことがトラブル防止につながります。
さらに、2026年4月施行の区分所有法改正では、賃借人対応がより進めやすくなります。
建て替え決議が成立した場合、補償金の提供後6カ月経過で賃貸借契約を終了できる特則が新設されました。
従来は賃借人が1人でも拒否すると建て替えが止まるケースがありましたが、この制度により対応が大きく改善されます。
【2026年4月施行の改正ポイント(賃借人に関する特則)】
- 建て替え決議が成立し、補償金の提供後6カ月経過で賃貸借の終了請求が可能
- 賃借人は通常の損失補償を受ける権利を持つため、補償金を請求できる
- 請求権者は、区分所有者(賃貸人)に加え、建て替え組合など一定の関係者にもおよぶ
- 借地借家法の「正当事由」要件は適用されない
この法改正により、賃借人の同意がなくても、補償の提供を前提として6カ月経過後に終了請求が可能となる建て替え特則が整備され、対応の見通しを立てやすくなりました。
いずれにしても、早期共有と説明文書の統一を徹底することが、トラブル抑止とスケジュール遅延の回避につながります。
売渡請求の成功が建て替え計画の成否を決める

売渡請求などの手続きは、不参加者(反対者)の権利を「時価」で保護すると同時に、反対者が建て替え事業から早期に離脱できる道筋を用意し、権利関係を集約して建て替え事業を円滑に進めるための制度です。
これらの手続きが滞りなく進むかどうかが、建て替え計画全体の成否を大きく左右します。
建て替え決議が成立すると事業は折り返し点となりますが、建て替え組合の設立、明け渡しといったその先のスケジュールも考慮し、計画をつめていくことが重要です。
不動産鑑定士、弁護士、コンサルタントなど専門家の協力を得ながら、着実に安定的に建て替え事業を進めていきましょう。

